浅川の土手まで [川の風景]
善生寺の脇の坂を下り左に曲がると
児童公園があって子供たちが遊んでいました。
この児童公園は東豊田公園という名で 立て札には
東豊田という町名は昭和47年(1972年)の地番整理で新しく作られたもので 以前この辺りは小高田(こたかだ)と呼ばれていて 他より少し高いこの場所に田んぼがあったためにそう呼ばれていたと書かれていました。
湧水が豊かなこの場所はお米作りに最適の場所だったことがわかります。
以前は田んぼや畑がたくさんあったこの辺りも今は
道が整備され 住宅地に変身しています。
しかしまだまだ
畑もあり、
用水も流れ
田んぼも残っています。
田んぼの向こうに見えるこんもりとした森も魅力的で そちらにも行きたかったのですが 陽の光がだいぶ赤くなってきたので そちらとは逆にのびる
おそらく昔は用水路であったであろう遊歩道を進みました。
少し歩くと 古くからあるという佇まいの
日枝神社があって そのすぐ先には
浅川の土手がありました。
児童公園があって子供たちが遊んでいました。
この児童公園は東豊田公園という名で 立て札には
東豊田という町名は昭和47年(1972年)の地番整理で新しく作られたもので 以前この辺りは小高田(こたかだ)と呼ばれていて 他より少し高いこの場所に田んぼがあったためにそう呼ばれていたと書かれていました。
湧水が豊かなこの場所はお米作りに最適の場所だったことがわかります。
以前は田んぼや畑がたくさんあったこの辺りも今は
道が整備され 住宅地に変身しています。
しかしまだまだ
畑もあり、
用水も流れ
田んぼも残っています。
田んぼの向こうに見えるこんもりとした森も魅力的で そちらにも行きたかったのですが 陽の光がだいぶ赤くなってきたので そちらとは逆にのびる
おそらく昔は用水路であったであろう遊歩道を進みました。
少し歩くと 古くからあるという佇まいの
日枝神社があって そのすぐ先には
浅川の土手がありました。
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