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阿豆佐味天神社  [神社仏閣教会]

阿豆佐味天神社は
 
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村山郷岸(現在の武蔵村山市)在の三右衛門(村野、後に砂川)が慶長14年(1609年)に新田開発の願いを幕府に出して新田開発が始まりましたがその後寛永6年(1629年)に 東京都西多摩郡瑞穂町にある阿豆佐味天神社が勧請されたものです
ところで阿豆佐味(あずさみ)とはあまり聞きなれない響きです。
wikipediaによれば 阿豆佐味天神社はもともと武蔵七党の一つ村山党の氏神で 阿豆佐味は梓弓による、楸(きささげ、古名あずさ)による、湧水(阿豆=甘い、佐=味の接頭語、味=水で、甘い水の意)によると諸説があるのだそうです。

阿豆佐味天神社の境内には他にも
 
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蚕影神社(こかげじんじゃ)、八雲神社、疱瘡社、稲荷社、天神社、御嶽神社、浅間神社、金刀比羅社、八坂大神社と
 
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立川水天宮が祀られています。
水天宮の前にある手水鉢は
 
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四人の唐子がその四隅を片膝をついて担ぐ幕末の弘化3年(1846年)に作られたもので全国的にも他にはない珍しいものなのだそうです。
この手水鉢の脇には
 
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少し読みにくい説明板があるのですが 以前ここに蚕影神社があって ここ砂川では江戸の中期から養蚕が始まり 横浜での海外貿易が始まってから爆発的に養蚕が発展し明治から昭和にわたって砂川の人々の生活を支えたことが書かれています。
さてこの蚕影神社は
 
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昨日の記事の octopus baker さんのコメントにあるように今は 猫返し神社として知られています。
なぜここが猫返し神社になったのかは ぞえじいの福々巡り

「猫返し神社」と呼ばれるようになったきっかけは山下洋輔氏の愛猫が17日間探し回った末、たどり着いた当社で願掛けをしたところ、翌日帰ってきました。 そこで'87年6月号の「芸術新潮」に冗談半分でエッセイを掲載したところ話題になりました。 その後、 またまた山下氏の飼う別の猫が姿を消し、半信半疑で再び祈願したところ、またまた4日目に帰ってきました。 これが話題になり全国的にブレイクしたのです。 「これは本物だ」と確信した氏は上記の「越天楽」を録音し、奉納したといういきさつです。

と書かれています。

さて
 
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阿豆佐味天神社を後にし 五日市街道を西に進み砂川三番先で左に曲がり
 
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畑を見つつ南に進み
 
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昭和記念公園の北端にある大山団地北交差点につきました。
この先にこの日見たいと思っていたものがあるのです。

タグ:立川市 砂川
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駅員3

阿豆佐味天神は、昔から街道を行きかう人々を見守り続けてきたのでしょうね。
小さいながら、なかなか味のある素敵な神社だと思います。
夕刻個々の前を通ると、灯篭に灯が燈って、とても雰囲気が増します。

次に見たいもの・・・なんなのか拝見するのが楽しみです。
by 駅員3 (2013-12-11 06:54) 

kurakichi

駅員3 さん

この日見たいと思っていたのは二つなのですが その一つは確実にご存知のものです。
もう一つもご存知かと思います。
さてそれは、、、

by kurakichi (2013-12-11 09:18) 

ryuyokaonhachioj

ありがあとうございます。宜しくお願いいたします。
by ryuyokaonhachioj (2013-12-11 10:37) 

風来鶏

あの、ジャズピアニストの山下洋輔氏のニャンコですよね?!
by 風来鶏 (2013-12-11 13:30) 

kurakichi

ryuyokaonhachioj さん

こちらこそよろしくお願いいたします。

by kurakichi (2013-12-11 20:11) 

kurakichi

風来鶏 さん

ハイ、その通りです。

by kurakichi (2013-12-11 20:13) 

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